お知らせ

担当の労災事件(過労死事件)が報道されました◆蟹江鬼太郎弁護士

当事務所の蟹江鬼太郎弁護士が、川人博弁護士、梶山孝史弁護士と共同で弁護団として担当する労災(過労死)事件が、新聞等で報道されました。

都内の大学病院で働いていた医師(請求人)が、くも膜下出血を発症した事案です。

以下に事案の詳細をご説明します。

 

 

1.請求人が労災申請をしたところ、労働基準監督署は、

ⅰ 外勤先のクリニックでの勤務時間を労働時間から除外し
ⅱ 宿直時間(17時15分~翌朝8時半)のうち6時間を労働時間から除外して

結果として、

請求人の時間外労働は、3か月平均で70時間15分にとどまる

として、労災に該当しないとの処分を行いました。

 

時間外労働時間 平均時間外労働時間数
発症1か月前 70:42
発症2か月前 64:42 67:42
発症3か月前 75:23 70:15
発症4か月前 27:24 59:32
発症5か月前 65:31 60:44
発症6か月前 26:12 54:59

※発症前3か月間の平均70時間15分

 

2.これを受け、請求人が、東京労働者災害補償審査官に対して審査請求をしたところ、井口審査官は、

ⅰ 外勤先のクリニックでの勤務時間を労働時間から除外したことに加えて
ⅱ 宿直時間(17時15分~翌朝8時半)の全ての時間が「常態として殆ど労働をする必要のない勤務」にあたる

として、17時15分以降の全ての時間(15時間15分)を労働時間から除外して、審査請求を棄却しました。

 

時間外労働時間 平均時間外労働時間数
発症1か月前 42:57
発症2か月前 46:12 44:34
発症3か月前 51:07 46:45
発症4か月前 5:03 36:19
発症5か月前 47:01 38:28
発症6か月前 13:10 34:15

※発症前3か月間の平均46時間45分

 

3.しかしながら、病棟への入退館記録、院内PHSの記録や、カルテのログなどからすれば、請求人は、宿直時間中も院内PHSを持たされて院内で待機をし、深夜の時間帯にも呼び出されて、嘔気、胸痛、転倒などへの対応のみならず、癌を含む重病患者への対応や、看取り業務をも行っており、「常態として殆ど労働をする必要のない」状態に置かれていなかったことは明らかです。

 

※ そもそも、最高裁判所は、「不活動仮眠時間」であっても待機と電話等に対する相当の対応を義務付けられていて「実作業への従事の必要が生じることが皆無に等しい」などの事情が存しない場合には、全体として労働からの解放が保障されているとはいえず、労働契約上の役務の提供が義務付けられているとして仮眠時間中の全体が労基法上の労働時間に当たると判示しています(大星ビル管理事件・最判平成14年2月28民集56巻2号361頁)。

 

※ また、井上繁規氏(元東京高裁裁判長、元労働保険審査会会長)も、上記大星ビル管理事件・最判を参照判例として、「実作業に従事していない不活動仮眠時間であっても、労働契約上の義務として直ちに緊急事態等への業務対応が義務付けられ又はこれを余儀なくされている場合には、権利として労働からの解放が保障されておらず、使用者の指揮命令下に置かれている状態にあるため労働時間性は肯定される」「不活動仮眠時間の労働時間該当性は、権利として労働からの解放が保障されている場合には労働時間該当性が否定されるが、労働からの解放が保障されていない場合には労働時間該当性が肯定されるという基準によって判断するのが相当である。」(「時間外労働時間の理論と訴訟実務」288頁以下)としています。

 

※ 厚労省自身も、通達(厚労省労働基準局補償課長基補発0330第1号令和3年3月30日付「労働時間の認定に係る質疑応答・参考事例集の活用について」)において、「仮眠中に使用者の指示により即時に業務に従事することが求められており、労働から離れることが保障されていなければ労働時間に該当する」(問7)、「即時に業務に従事することが求められ、労働から離れることが保障されていない状態で待機等をしている時間は労働時間に該当する」(問5)、「休憩中に電話や来客があった場合、適宜これに対応することが要求されているような場合、労働から離れることを保障されているとはいないことから、仮に電話や来客がなかったとしても労働時間に該当する」(問6)などとしています。

 

※ なお、本件で、A病院は労基署から宿日直許可(労基法41条3号)を受けていましたが、労基署の許可は、適用除外の必要条件であるものの十分条件ではなく、労基署の許可を得ていたとしても実態として監視・断続的労働者とは言えない場合にはこの許可自体の効力が生じないとされています(「詳解労働法」第2版・水町勇一郎・688頁、奈良県医師事件・大阪高判平成24・11・16労判1026号144頁。最3小決平成25・2・12労働判例ジャーナル13号1頁・上告不受理により支持)。
 請求人の宿直業務の実態は、上記の通り、通常の勤務時間の拘束から完全に解放されたものでも、実作業が軽度で短時間の業務に限られるものでも、睡眠を十分にとれるものでもないから、監視・断続労働の実態を欠いており、労基法41条3号の効力を有しません(昭和24年3月22日基発352号、平成11年3月31日基発168号参照)。

 

 

4.以上の通りであって、本件で、審査官決定が誤っていることは明らかであって、本件では業務上認定(労災認定)がなされるべきです。

 

5.2024年4月1日から医師の働き方改革が施行されるところ、時間外労働の上限規制を形式的にクリアするために、

ⅰ 自己研鑽時間の労働時間からの除外
ⅱ 宿日直業務の労働時間からの除外

などの「活用」が推奨されているなどと聞きます。

宿日直許可等の悪用によって「労働時間」とされる時間を減らしたからといって、実態には何の変化もなく、医師の負担が減るわけでも、医師の健康確保がなされるわけでも、医療の質や安全の確保がされるわけでもありません。

弁護団としては、本件の医師の救済を図りつつも、自己研鑽や宿日直許可やの悪用による上限規制の形骸化についても警鐘をならすべく努力していく所存です。

以上

 

 

● 朝日新聞

病院で宿直中に死亡対応しても「労働時間ゼロ」 労災申請で国が判断

https://digital.asahi.com/articles/ASR9Q5F9DR9QUTFL00P.html

 

● 毎日新聞

医師の宿直を労働時間から除外、労災認められず 「ここまでやるか」

https://mainichi.jp/articles/20230922/k00/00m/040/300000c

 

宿直は労働時間でないの? 過重労働、寝たきりの医師 労災認められず再審査請求

https://mainichi.jp/articles/20230923/ddm/041/040/145000c

 

● 弁護士ドットコム

医者の宿直、労働時間「ゼロ」扱いで労災認定されず 月100h超の残業でくも膜下出血発症…妻「理解に苦しむ」

https://news.yahoo.co.jp/articles/e8b58e8a18c384f7dce64479cae03bae6cc3053d

 

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